absolute dread(アブソルート ドレッド)〜1〜 |
アイザックが署内に帰ってきたのは午後も十三時を過ぎたころ、少女の身元がわかったらしい。 少女の名前はケイト=ベル、年齢は十九歳で家族構成は母親と父親の三人家族だ。 半年前から捜索願が出されていたらしい。今回こんな形で少女を発見したことは本当に残念でならない。警察官になってもう大分経つが、慣れないことの一つでもある。 少女の死を両親に伝えなくてはいけないのだ。 こればかりはいつまで経っても慣れることはない。 これからの予定は決まった。 私はエドガーとアイザックを連れて出かける準備をすると、途中でエドガーが呼び止められた。 「ちょっといいですかホーキンズ警部補」 呼び止めたのは電話の受付をしていた子だ。 「ちょっとごめんね・・・」 エドガーは私たちから離れると、自分を呼び止めた子のところへ。 私とアイザックはエドガーの後姿を見つめたまま、二人が話しているのを遠目に眺める。 「デートのお誘いだったりして」 何故か楽しそうにアイザックはにやりと笑い、上着の内ポケットから煙草の箱を取り出し一本を口にくわえた。 「そうね・・・どうして、アイザックはもてないのかしらね?」 「ほっとけ」 アイザックはそう言って、煙草に火をつけた。 「そもそも、この前言ってた好きな子はどうしたのよ?」 「そんな過去の事を気にしてたら、いい男とは言えないんだぜ。深月」 アイザックはそう言って私にウインクしてみせる。 「フラれたんでしょ」 「げほっ!!」 図星か。 「また、どうでもいい男のロマンとか語ったんじゃないの?」 「どうでもいいとか言うなっ。大体だな、彼女はなんだ・・・エドがお好みだったらしい」 「身も蓋もない切り替えしね」 「あーこんちくしょー!俺は遊び人じゃねーぞ!」 「アイザックっておしいのよね」 ![]() 「おしいとか言うなっ!」 アイザックをからかうのは面白い。 大体、アイザックは決して見た目が悪いわけではない。 もてないだけで。 「またアイザックとマンザイしてるの?深月」 エドガーのほうの話も終わったのか、エドガーは困ったような、呆れたような顔で笑いながら私たちの前まで来る。 「うちのおばあちゃん曰く、日本ではマンザイを仕事前の儀式としてやる風習があるらしいのよ」 私がそう言うと、アイザックとエドガーは目を丸くした。 「ジャパニーズは毎日大変なんだな〜」 アイザックはそう言うと近くの灰皿に煙草を押し付けて火を消した。 エドガーもアイザックの言葉にうなづいて見せる。 「俺はアメリカで生まれてよかったよ」 日本の風習もなかなか面白いと私は思うけど、エドの言うこともまあわかる。 「それにしても、さっきの呼び出しはなんだったのエド」 私がそう聞くと、エドは掌の大きさのメモ用紙をひらりと私たちに見えるように、目の高さまで持ち上げる。 「これ?うらやましいでしょう。俺って仕事にモテまくりだよ」 エドガーの言葉に私もアイザックも苦笑いがもれた。 同じもてるなら、お仕事でないほうが色気もあるというところだろう。まして、私たち殺人課のお仕事といえば、暇に越した事はない。そう願いたいものだか・・・。 私たちは場所を駐車場に移し、話の続きをする。 「それで?どこでデートなのかしら」 私はエドガーに視線を向けた。 メモを確認しながら、エドガーはそれを読み上げる。 「D地区のボロアパートに両目をくり貫かれた変死体の彼氏がいるらしいよ。アルバートたちが先に行ってるって、どうする?」 エドガーは上着の内ポケットから眼鏡ケースを取り出し、眼鏡をかけると、私に視線を向けて少しだけ首をかしげて見せる。 「おっ・・・じゃあ俺がアルバートのところに行こうかな」 どうするかと考えていると、アイザックが自分の車の横に立ち声を上げた。アイザックが行ってくれるならそれに任せようか。私はアイザックに体ごと向き直る。 「そうね、そっちはアイザックにお願いするわ。あとで連絡して」 「りょうか〜い」 「私はケイトの家に行ってくるわ。エドガーは・・・」 「はいはい。俺は現場周辺の聴きこみだね」 私はエドガーと車に乗り込み、いったんアイザックとは別行動になる。 エドガーの運転で私はケイトの家まで送ってもらい、ここでエドガーともいったん別行動となった。 正直に言うなら、見ていられないというのが私の思いだ。 被害者の家には母親だけで父親は居なかった。平日の昼間なら仕事中だろう。 自分の子供の訃報を聞いた母親は、酷く取り乱し、痛々しいとしか言えないのに、それでも私は話を聞かなくてはいけないのだ。 血も涙も無い鬼か悪魔と罵られることもあったし、殴られそうになったこともあった。 色々な人がいたが、なんと言われてもやめるわけにはいかないのだ。聴かないで済むのなら、誰が好んで聴こうと思うものか。 だが被害者のためにも、その家族のためにも、それにこれ以上の被害を出さないためにも、ここで立ち止まることは出来ない。遅くなればなるだけ犯人を野放しにすることになるのだから。 被害者のケイトの家に着き、家の中へ通されたあと話しをはじめた。 やはり取り乱してはいたが、何とか落ち着き、被害者の母親から話を聴かせてもらえた。 取り乱したすぐ後だというのに、母親は私の質問に出来る限り答えてくれたのだ。 そして、分かったことがいくつかある。 ケイトが失踪する数ヶ月前、ある男性と深く付き合っていたらしい。 つまり恋人関係だった人物がいたらしいのだ。そして、そのことはつい最近まで両親は知らされていなかったらしい。 ケイトの仲のいい友人が、最近になって話をしてくれたと言うことだが、その友人もケイトに口止めされていたために、今まで黙っていたようだ。 ケイトの母親に頼み、その友人からも話を聞くことが出来た。 ここでいくつか疑問がある。 まず、ケイトが付き合っていたという男について、分かっているのは〔タキ〕という名前だ。そして、顔を見たのはケイトただ一人だけという事、写真すらないらしい。 友人もケイトから話だけしか聞いていないらしいし、もちろん両親は知るはずもない。 最近まで恋人がいたことすら知らなかったのだから。 そこで疑問なのがなぜ隠していたのかということだ。 親に恋人の有無を報告するのは確かに恥ずかしいと思うかも知れない。 年頃の女の子なら尚更の事だろう。ただその徹底振りから見て、羞恥心からだとすれば友人にすら言わないと思えるが、まして名前など教えるものだろうか。 また、恋人の話がケイト本人の嘘である可能性も捨て切れないだろう。見栄を張ることなど珍しくも無いだろうが、ケイトの友人の話を聞く限りそれも考えにくい。 ケイトは嘘をついたり見栄を張ったりするタイプではないようだ。 それも踏まえたうえで〔タキ〕という男が存在するとしよう。 顔や存在を隠そうとしていたのは〔タキ〕本人だろう。 つまり、〔タキ〕には隠したい何かがあるということだ。 名前以外が全て謎の男と聞いて、普通はどう考えるだろうか。 当然ながらケイトの失踪と殺害に何らかの関係があると考えるはずだ。考えようでは、この男こそが犯人である可能性は余りあるほどにあるはずだ。現時点での重要参考人、と言うよりも容疑者と見て間違いない。 それに〔タキ〕という名前が本名かも怪しいところだ。見つけることは思いのほか難しそうだが・・・。 大体の話を聞き終わり、私はケイトの家を出ると、別行動のアイザックとエドガーに連絡を取るために携帯電話をベルトの携帯ホルダーから取り出し、まずはエドガーへ連絡を入れる。 私はここまでエドガーに送ってもらっている、彼が迎えに来てくれないとバスかタクシーで帰る羽目になる。経費の無駄遣いはよくないと最近は署長が五月蠅いのだ。 もちろん、バスやタクシーを使ったら必要経費で絶対に落とす。 だが、結局バスやタクシーを待つとなれば二十分前後は掛かるだろうし、それならエドガーを待っていてもかまわない。彼が居る現場からここまでは、道が空いてさえいれば三十分も掛からないはずだ。込んでいても五十分くらいだろう。 携帯電話の着信履歴からエドガーの番号を引っ張り出すと、呼び出しを知らせるコールが聞こえてくる。 コール五回目で彼が電話にでると、お互いの報告を済ませて迎えを頼み電話を切る。 続けてアイザックの携帯電話へ掛けた。 エドガーの報告は予想どおり犯人と繋がるものは何もなく、目撃者も発見できずだが、まだ捜査は始まったばかりだ。焦っても仕方ない。 コール三回目が鳴り止む前にアイザックは電話に出た。 D地区のアパートから出た変死体についての報告を聞く。 アイザックの報告では、第一発見者・通報者はともにアパートの管理人のようだ。使われていない部屋の一室から男性の死体が発見された。被害者はアレン=マーク、年齢三十五歳でD地区のニュータウン居住区に在住。 どうしてそんなに詳しく被害者のことが分かったのかと不思議に思っていると、どうやら運転免許書が遺体の上着に入っていたらしい。 アイザックの報告によると、室内には争った形跡は無く、遺体には両目がくり貫かれている以外の外傷はなし、という事は殺害現場が他にあると考えられる。目立つ外傷がないという事は、毒殺である可能性が高いが、詳しくは検視結果待ちだ。 詳しい報告は帰ってから聞くとして、私はアイザックとの連絡を切った。 それから一時間三十分も過ぎた頃。 「いやー遅くなってごめんねぇ」 嫌に明るい声色で車から降りたエドガーに、殴りたい衝動が起きたとしても私は悪くないと思うのだ。 「どこまで行ってたのよ!」 「ごめんね。道が込んでてさぁ」 「どこをどう通って来たら一時間以上も掛かるって?」 「ごめんって、怒らないでよ。深月」 ここは怒っていいところだと私は思うが、さらに文句を言ってやろうと思ったところで、エドガーの携帯電話が鳴り出し、仕方なく文句を言うのをやめた。 エドガーは再度ごめんねといいながら、上着のポケットから赤い色の携帯電話取り出して電話に応対する。悔しいが、電話をしている姿さえ格好いいと思えるのが癪だ。 時折見せる笑顔さえ可愛いのだから始末が悪い、署内の女性たちが騒ぐのも納得だが、ふとエドガーを見ていて私は違和感を覚えた。 なんだろうか。 しばらくして、電話を切るエドガーの手元を見つめあっと思った。 「携帯いつ替えたの?エド。前は黒いやつじゃなかった?」 エドガーはきょとんとした顔で私を見つめると、「あー」と言って笑顔を見せて上着のポケットからもう一つ、見覚えのある黒色の携帯電話取り出して見せた。 「ほら、二個あるんだよ。黒いのが仕事用で赤いのがプライベート用なんだよね。仕事中に友達から電話とか来ると出れないし、友達と電話してて仕事の電話取りそこねるのはまずいでしょ?」 なるほどと納得。 確かに私たちの仕事は時間に不規則で、忙しくなれば署内でお泊りだって普通にあるのだ。 「確かに困るわね」 そう言って私が同意すると、エドガーもそうでしょと困ったように笑って見せた。 「でも深月からなら、どちらの携帯からでも絶対に出るよ」 エドは満面の笑みでそう言うと、もう一つの携帯電話の番号も教えてくれた。 「あらっ嬉しい」 「デートのお誘いなら、二十四時間どっちの携帯からでも受け付けてますよー」 まったく調子がいい、でも憎めないタイプで、おっとりしていて、私もアイザックもついエドガーを甘やかしてしまう。 よくないことだが、アイザックなどとくにエドを本当の弟のように可愛がっているのだ。 仲間内でも有名で、アルバートなどいつも呆れているほどだ。 つづく |