absolute dread(アブソルート ドレッド)〜2〜


 

 数日後。

少女の事件もD地区の事件も、まだ進展していない状態だった。

今日は朝から私はデスクに向かい書類作成に悪戦苦闘、少女の事件の担当として上司に現状況の報告をしなくてはいけない、何の進展も無いのに何を報告すればいいのやら、上司の不満顔が目に浮かぶようだ。

「カラーコール警部!」  
 
私はいきなり呼ばれたことに少し驚きはしたものの、呼ばれたほうに体ごと向き直ると返事を返した。電話受付の子が少し慌てる様に私の横まで走りよってくる。  
 
「どうしたの?」  
 
「はいっ・・・メープルパークで両目の無い変死体が放置されていると、先ほど通報が入ったのですが・・・」

メープルパークと言えば、この辺りでも一際大きい森林公園だ。

普段から人もよく集まるところで、休日ともなると、さらに沢山の人を見ることが出来るが、逆に夜になると痴漢や暴漢等も出やすいと言える所だ。
それにしても、両目の無い変死体ということは、D地区のときと同じ手口なのだろうか。

あの事件の担当はアイザックに任せたはずだけど・・・。  
 
「アイザックは?」  
 
聞けば、目の前の彼女は困ったように眉を下げる。  
 
「あ・・・いえ・・・それが、まだ来てないんです」  
 
来てない、つまり遅刻か。  
 
「あいつ・・・」  
 
仕方なくデスクの上を片付け、私は立ち上がり上着を羽織る。

そのまま出ようとすると、今度は別の子に呼び止められた。  
 
「あっ。待ってください警部!」  
 
次はなんだろう。  
 
「なに?」  
 
「はい。サンドラ川の橋の下でバラバラにされた遺体が数体発見されたと、今さっき通報が入りました。カルスさんたちが先に向かってます」  
 
こういうときに限って問題が起こるのよ。
サンドラ川とメープルパークではまったくの逆方向だ。  
 
「わかったわ。・・・エドガーは?」  
 
「警部補は休憩所に・・・」  
 
「そう。アイザックが来たら、すぐに電話しろっ!て伝えておいてくれる」  
 
「分かりました」  
 
私は車のキーを持ちそのまま駐車場へと早足で向かう。

向かっている途中でエドガーに電話を掛けると、彼はすぐに電話にでた。
もしもしというエドガーの声が私の耳に届く。  
 
「エド、仕事よ。メープルパークに行ってくれない」  
 
『ん?それはいいけど、同じ署内で携帯はないでしょ・・・どうしたの?』  
 
「両目の無い変死体が出たのよ。アイザックのヤツは遅刻してるし・・・私はこれからサンドラ川に行くわ。バラバラ死体が出たらしいの・・・」  
 
『了解。メープルパークに向かうよ』  
 

私は電話を切り、車に乗り込むと、サンドラ川へと向かった。

サンドラ川はこの街の東側から南方に延びる川で、流れは比較的穏やかでその流れは海まで続いている。

川の周辺はD地区同様に住宅地になっているが、個人所有の一戸建ての多いD地区と違い高層マンションなどが多いところだ。その分、隣近所のつながりは薄いものだろう。

程なくして目的地に到着すると、車を止めて土手を上がり辺りを見回した。

目的の場所に目を向けてそちらへと歩みを進める。

土手を川沿いに下りていき、先に来ていた仲間たちに声を掛けて、立ち入り禁止のイエローテープを潜った。
私が来たことに気がついたカルスは、私に挨拶をすると、顔を自分の足元に戻し腕を組んで溜め息をついたようだった。

私はカルスの隣に並んで立つと、カルスと同じように視線を下に落とす。

そして、カルスは手帳を開くと状況を話し始めた。

「発見者は近所に住む男性で、犬の散歩をしていたときに見つけたそうです」

私の足元にはマネキンでも捨ててあるような感じで、バラバラにされた体のあちこちが無造作に捨てられていた。ここに見えているだけでも七・八人分か・・・、もっと多いかもしれない。



足、腕、首、胴体・・・全てが、まるで壊れたおもちゃのようにバラバラに打ち捨てられている。  
 
「・・・全て女性のモノのようね」  
 
カルスは私の言葉にうなずくと続きを話し出した。  
 
「はい。発見者の話では、少なくとも二週間はここに放置されていたようです。ただ・・・誰も気がつかなかったのは変ですよね・・・」  
 
「そもそも、何で2週間も放置されてたわけ?」  
 
「はい・・・なんでも、最初はこれほど多くはなかったらしいんですけど・・・。 少しずつ日を追うごとに増えてきたようで、それで通報を」  
 
なるほど。

それにしてもカルスの言うとおり、ここ二週間以上天気のいい日が続いている。

いくら今が冬とはいえ、それだけ放置すれば臭いも出るし虫だって湧く、だがここには虫はおろか臭いさえ感じない。

それどころが、遺体には腐食している様子もないし、この辺りに血の跡さえない。  
 
「ここに捨てただけってことか・・・」  
 
「・・・深月警部、大丈夫ですか?顔色悪いですよ。メンデルさんかホーキンズ警部補に変わってもらったほうがよくないですか?」  
 
そう言うと、カルスは心配そうに私の顔を覗き込んだ。  
 
「大丈夫よ。ありがとう」  

 
実際の話、レイプや女性だけを狙ったような猟奇的殺人などは、女性の捜査官が担当することは少ない。

言わずとも分かるかもしれないが、女性捜査官の精神面を配慮してのことなのだが、私の立場上そう甘いことも言っていられない。警部といえばそれなりなのだ。

勤めている署内でも立場なら責任者として上のほうと言えるだろう。
新人でもない限り泣き言なんて言っていられない。損な立場でもあるが、女性の高官職というのは思っているよりも大分少なく、傍から見れば私のようなのはキャリアと呼ばれることもある。

今時キャリアなどというくだらない制度は無いに等しいが。

今は実力がものを言う時代なのだ。古い制度は次々と無くなっていく、実力と才能、そして知識さへ伴っていれば、十代の子供だって手に職を持てる。

話がそれてしまったが、今回発見されたバラバラの死体、エドガーが向かってくれたもう一つの両目が無い死体、そのどちらもが前に発見されたものと一致、あるいは共通点を見出した場合は連続殺人ということになる。

かなりの確率でそうだと思うが、そうなると事件解決までは担当者を変えられない、(特殊な事情が無い限りだが)ここでアイザックやエドガーに代わってもらうわけにもいかない。

カルスの報告を聞きながら辺りを確認していると、私の携帯電話が誰かからの着信を知らせる。たぶんアイザックだと思うが、電話に出る前に時間を確認して口の端がぴくりと引きつったのを感じた。なにしろ署を出てからもう二時間は経っている。

いい度胸だ。

私の携帯のディスプレイ画面にはアイザックの文字。

通話ボタンを押して、私は彼が話し出す前に口を開いた。  
 
「今何時だと思っているのかしら、アイク?」  
 
滅多なことでは使わないが、アイザックの愛称である、アイクをわざわざ私は使った。  
 
『本気でゴメンナサイ。夕べ目覚ましをセットするのを忘れてたみたいでな、さっき署に着いたんだ。わざとじゃないぞ』  
 
「わざとだったら額のど真ん中に風穴開けてやるところよ。そもそもここが日本ならセップクものなのよ?わかる?・・・。私のおばあちゃん曰く、遅刻する人間はセップクして上司に詫びを入れるそうよ。だから、日本では遅刻する人はいないっていうわ。まったくアイザックも日本人を見習いなさいよ」  
 
『・・・ってハラキリか?!流石サムライの国だぜ・・・俺アメリカ人でよかった』  
 
もう少し嫌味でも言ってやりたいところだが、それはもういいとして、さっさとエドガーのところへ向かってもらいたい。 だが、アイザックはすぐに私に言葉を返してきた。  
 
『それでだな、悪いんだが一つ報告があるんだ・・・』  
 
「なに?」  
 
『A地区のホテル街の一室で男の死体が出たらしい。』  
 
アイザックのその一言に、本当に今日はとんでもない日だと私は落胆するような思いだった。  
 
「・・・仕方ないわね。アイザックはエドガーに連絡して、ホテル街のほうはエドガーに任せるわ。アイザックはそのままエドガーと交代にメープルパークに行ってちょうだい」  
 
『了解だ。D地区の仏さんの検視結果が今日にも出るから、それを受け取ったらすぐ向かう』  
 
「・・・そう言えば、検視官のミランダ・・・もう誘ったの?」  
 
『・・・今日誘う』  
 
「うまくいくといいわね」  
 
そして電話を切ると、私は現場の捜査に戻る。 こんな人目につきやすい場所に死体を捨てている、必ず目撃者がいるはずだ。今のところ地道に聞き込みをしていくほか無い。 何か、必ず何か見つかるはずだ。









つづく

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