absolute dread(アブソルート ドレッド)〜10〜 |
エドガーが署を後にしてから、最初に私が受けた連絡はエドガーからだった。 アイザックと合流し、これから容疑者の家に向かうという連絡だ。 そして、数時間後。 次の連絡はアイザックからだった。 『急いで医療チームをよこしてくれっ!エドガーが撃たれたっ!!』 これほど慌てるアイザックの声を聞いたのは随分と久しい。 アイザックの電話が拾う、『アイザック大げさだよ』というエドガーの小さな声に、少なくとも、私は心底安心した。 電話の感じからも、エドガーは致命傷を受けたわけではないと分かったのだ。 私は電話を切った後、医療チームに連絡を入れて、私も現場に向かった。 着いたのは小さな古いアパートだった。 そのアパートの2階の、一番右の奥の部屋がジョンの部屋だった。 部屋の扉は開け放たれたまま、そこから室内を覗くと、部屋中央に両膝を床に着き、前のめりなっている男が血を流し、そのままの姿で動かなくなっていた。 銃を両手で握り締めている様は、まるで祈るようにも見えた。 この人物がもう絶命していることは分かったが、アイザックとエドガーは・・・。 私は自分の銃を取り出すと、確認するようにゆっくりと中に入り、奥にあるもう1つの部屋に顔を向けた。 そこにはアイザックとエドガーも居たが・・・あるものが部屋の中を占領していた。 中の安全を確認し、医療チームと他の捜査官も中に入ってくると、皆は私が見たソレを見て、一瞬固まっていたようだった。 その気持ちは分かる。 私や医療チームの姿を見ても、アイザックが騒がないのは、エドガーの傷が深くない事もあるが、この部屋に置かれたものがあまりにも異様だったからだろう。 アンティークな赤い革張りの椅子があり、その上にまるで人形のように座らせてあったそれに、あるものは口を押さえて外に逃げ出していった。 きっとこの臭いも手伝ってしまったのだろうと思う。 そこにあったのは、あちこちに縫い目のある、綺麗な人形のようなものだった。 ![]() ほぼ関節ごとに縫い目のあるそれは、勿論人形などである筈は無い。 よく見ればわかるが、生身の人体そのものだ。他人のパーツを無理やり縫い付けて、一人の人間のように見せているだけだ。今までの被害者たちの成れの果てが、これということなのだ。 つまり、この絶命している男こそ、第一容疑者だったジョン=シュチュワートであり、この連続バラバラ事件の犯人という事になる。 「エドガー、怪我は大丈夫?」 私はエドガーに顔を向けてそう聞くと、辺りの時間はやっと動き出したようだった。 医療チームがエドの傷の手当をするのと入れ替わるように、アイザックはそのままベランダのほうに移動した。 エドガーは私に苦笑いすると、ベランダに姿を消した見えないアイザックを見つめるように、顔をそこに向ける。 「よう、エドガー。意外に元気そうだな?」 その声に私は顔を向けると、そこにはアルバートの姿があった。 アルバートはもうとっくに帰ってる時間なのだが、エドガーが撃たれたことで、取り乱したアイザックを心配してきたのだろうと思う。 アルバートとアイザックはかなり古い友人だと聞いた事はある。 アルバートの声に、エドガーも顔を向けると、やはり苦笑いのまま肩をすくめた。 「俺は元気だよ、アルバート。肩をかすめただけで、たいした事ないって言ったんだけどね。アイザック、ちょっとへこんじゃってるみたいなんだ」 「ああ、そうだろうな」 アルバートはそう言うと、アイザックの消えたベランダに向かった。 アルバートの姿を見送ってから、私はエドの前に膝をついて、怪我の治療をしていた医療班の一人に顔を向け、怪我の状態を聞いた。 先ほどからエドガーの言っているとおり、かすめただけでたいした事はないと言うことだった。 「他に怪我はないんでしょうね?エド」 「二人とも心配しすぎだよ。俺は大丈夫。・・・心配なのはアイザックのほうだよ。俺の事はいいから、深月もアイザックのほうに行ってあげてよ。アイザックのほうが、ある意味で重症だと思うよ」 そう言うと、エドガーは珍しいほどに心配そうな顔で、またベランダのほうに顔を向けた。 「分かったわ。大人しく治療を受けなさいよ」 言い聞かせるようにそう言うと、エドは何時ものように柔らかく笑う。 「は〜い。わかってますよ〜」 エドガーは大丈夫だろう。 問題は、確かにアイザックのほうかもしれない。 普段は冷静で、取り乱すことはほとんどないと言ってもいいほどに、アイザックは滅多な事で感情的になるようなやつではない。 例外があるとすれば、エドガーだ。 実は、この二人の関係は、私よりも付き合いが長い。 詳しい話は二人が話したがらないために、よくは知らないのだが。 エドガーが今の警察署に来たのは、実はある責任を取るためだと聞いている。 なんでも部下の失敗を全面的に被ったとかなんとか、そのせいで昇進を逃し、さらにはこちらに飛ばされたということのようだ。 その部下というのがアイザックだったという話だが、二人はそれを否定も肯定もしないで、曖昧に言葉を濁すのだ。そうだと遠まわしに言っているようなものだと思うが。 そして、アイザックが今のところにきたのは、書類上では本人の希望という事になっているが、当時の上司に居づらいところにいるよりも、新しいところでやるほうがいいと、こちらに移動させてもらったのだと聞いた。その上司というのが、つまりエドガーだ。 二人の間に、これ以上に何があったのかは私にはわからないが、アイザックにとって、エドガーとは可愛い弟という以外にも、助けられた恩もあるのだ。 だからこそ、今回のエドガーが怪我をしたことは、アイザックにとって大きすぎるショックだったのだろう。 アイザックの、義理堅い性格は私も好きだが。 そのせいで、エドガーに心配させるのはいただけない。 私はベランダに出ると、アイザックとアルバートの姿を見つけ、二人のそばに近付いた。 「らしくないわね」 私がそう言うと、アイザックは咥え煙草のまま、ベランダの縁に寄りかかり、すっかり夜になった仄暗い空を見つめていた。 先ほどよりも空気が冷たいのは、何も日が落ちたせいだけではないだろう。 「そうかもな。・・・先に応援を呼ぶべきだった。エドガーもそうするように言ってたんだ。そうしてりゃあいつも・・・」 アイザックはそう言って、煙草の煙を深く吸い込んだ。 あいつとは、エドガーの事だろう。 「怪我しなかった?」 「かもな」 エドガーの言うとおり、相当へこんでいるようだ。 「そうね。そうするべきだった。だけど・・・生きてる。それが重要なんじゃないの?」 確かに怪我はした。犯人を確保することが出来なかったかもしれない。 それでも、この仕事に絶対のものはない。 だからこそ、こうして生きていることが、最も重要なのではないだろうか。 私はそう思うのだ。 エドガーが怪我をしたのも、アイザックのせいではない。 アイザックは口元に笑みを浮かべ、すっと背筋を伸ばすと、軽く伸びをして見せた。 「かもな。生きたまま犯人確保できなくて悪かった。・・・そんじゃあ俺は、現場の片付けでも手伝ってくっかな〜」 アイザックはそう言うと、また室内に戻って行った。 その声は、何時ものようにのほほんとしているように感じ、少しは、アイザックらしく戻ったのだろうと思った。 世話の焼けるやつだ。 「それにしても、お前もアイザックもエドガーに甘すぎだ」 今まで黙っていたアルバートは、アイザックを見送ると、そう言って煙草を咥えて火をつけた。 私は苦笑いだけで、反論は出来ない。 だが、最近のアイザックは少し変だった。 「ねえ、アルバート。最近アイザックって、変じゃない?何か聞いてないの?」 アルバートに顔を向けると、アルバートはベランダの縁に背を預けて寄りかかった。 「俺は何も聞いてない。俺よりも、お前らのほうが一緒にいる時間多いだろ」 確かにアルバートの言うとおりだが。 「そういうことは、二人ともあまり話したがらないのよ」 内面的なこと、とくに深い悩みなどはエドガーもアイザックも私に話したがらない。 いや、そこは、私だからと言うことではなく、二人はそういうことを誰かに話すことがないのだろう。信用しているか、していないかではないのだろうが。 「男って言うのは、誰しもそういう部分を持ってるもんだ。まあ、これは俺の推測だが、アイザックのやつ、焦っているのかもしれない」 「焦る?一体何を?」 アルバートを見上げると、彼も私を見下ろした。 「深月、最近きちんと休めてるのか?」 「まあ仕方ないわよ。忙しいし。・・・もしかして、顔に出てる」 アルバートは仕方なさそうに煙草の煙を吐き出した。 「そんな薄化粧じゃな。俺が分かるくらいだ。いつも一緒にいるあいつらはとっくじゃねーか?愛されてるな」 アルバートはそう言って、おかしそうに笑う。 「はいはい、そうですね。・・・こういう時ばっかり、人の事女扱いするんだから」 普段から、そうして欲しいくらいだが。 でも、少しは私も気をつけないといけないようだ。 つづく |