absolute dread(アブソルート ドレッド)〜11〜 |
ところで、今回の事件の事を少し述べておかなくてはいけないだろう。 エドガーとアイザックは逮捕ではなく、重要参考人としてジョン=シュチュワートの家に向かったのだが、念のために、二人は銃をいつでも撃てるように準備をして、インターホンを押した。すると、中から勝手に入ってくるようにと声が聞こえたそうだ。 それに危険を感じた二人は、扉を慎重に開けたが、容疑者が突然発砲。 エドガーも証言しているが、アイザックは容疑者に警告を促し、隙を見て相手の肩に一発打ち込んだ。そこで、いったんは大人しくなった容疑者だったが、二人が室内に入ると、容疑者は銃を二人向け、三発を発砲し、そのうちの一発がエドガーの肩をかすめた。 やむなく、アイザックは三発撃ち返し、全てが容疑者の体に命中した。 ![]() うち一発が、容疑者の心臓を撃ち抜いていて、容疑者は死亡。 とっさの判断では、的確にどこを狙うというのは難しい状態だったろうし、アイザックは射撃が一番苦手だと聞いている。この結果は仕方ないといえるのだろう。 エドガーが撃たれた事も、アイザックの焦りを生んだ原因でもあるといえる。 そして、今回のバラバラ連続殺人事件の犯人はジョン=シュチュワートで確定した。 状況証拠も、ジョンの家のにあった物的証拠も、全てが彼を指していた。 文句なしだ。 結局のところ、彼のもう一つの目的については、最後までわからないままで終わってしまったが、彼の家を調べた結果、色々なものを発見した。 ホルマリン、プラスチック合成樹脂、殺害に使われただろう凶器、解体に使われただろう道具、などなど。 日記のようなものは発見されてはいなかったが、恐ろしい量の暴力ポルノや異常なまでの金髪の女性だけに集中したポルノ雑誌などが、寒気のするくらい大量に発見された。 ジョン=シュチュワートがどれほど金髪に執着していたか、それがよくわかる。 ここで一つ説明を入れるが、暴力ポルノとは、普通のポルノとは違い、とても残酷で女性が酷い仕打ちを受けるものが多い。普通のポルノのようなノーマルな性交渉を写したものと、まったく違うものだということは述べておこう。普通の精神の人が、あれを見てマスターベーションをすることはありえないものだ。ポルノと言ってもまったくの別物だと認識してもらいたい。 つまり、ジョンはそれを見て性的興奮を覚える人物であり、相手を完全に支配することに快感を覚える人物だった。また、王のときと違い、文面も写真や映像も、何も残してはおらず、まだ発見されていない被害者の遺体は、全てを見つけるのに、まだ時間はかかるだろう。 やはり、と言うとおかしく聞こえるかもしれないが、それでもやはりと思ってしまった。この事件も、王の時のように謎を残してしまったのだ。 勿論、この事件とコレクター事件の接点などない。 誰がどう見ても、そんなものはないし、今回は証拠が降って湧いた訳ではなく、捜査官の地道な努力と、現場にはない証拠が犯人の家にあっただけだ。それも当たり前の事でおかしな点はない。犯人のジョンは自信過剰で、警察に捕まらない自信を持っていた。だからこそ、挑発的行動を起こしていたのだ。遅かれ早かれ、犯人は捕まっていただろう。 例えばだが。 今回の事件で私が疑問を感じるのは、犯人の遺体回収以外のもう一つの目的だ。 犯人は一体、何をしたかったのだろうか。警察を無能と嘲り、混乱させたいのなら、それこそ州をまたにかけて、犯罪範囲を広げれば、捜査はさらに拡大し、大変なことになっていただろう。犯人の目的が警察を相手にゲームをするなら、そのほうが良かった筈だ。それなのにも係わらず、犯人はこの州に、いや、州というよりも私たちの管轄地域のみに犯行を重ねていた。もしも犯人の目的が、警察と言う組織ではなく、一個人ならどうだろうか。犯人の目的が特定の誰かとのゲームだとしたら、犯人がこの地域に執着する理由にはならないだろうか。 あまりに突拍子もない考えかもしれないが、ありえないとは言い切れないと私は思うのだ。もちろん他の可能性を考えれば限はない。 ただこの地域が好きだったとか、これから物色拡大を考えていたかもしれないし、もしかすれば、この地域の女性に恨みがあったのかもしれない。 結局のところ、私の推測の域を出ないのだが。 とにかく、この事件はこれで解決したことになる。 しかも、アイザックがコレクター事件の報告書も出してくれて、万々歳だ。 報告書の後半部分が、とても綺麗にまとまっているのが少し気にかかるが、そこは多めに見てやろうと思う。エドガーが手をかしてやったのだろう。そうでなければ、未だに私のデスクには、アイザックの報告書はないはずだ。 「それにしても、この国の半分以上の人が金髪よね。エドガーとか」 私がそう言うと、アイザックとエドガーは同時にコーヒーを噴出しそうになった。 「これは生まれつきだしねぇ。・・・俺が好きで金髪に生まれたわけじゃないから」 エドガーはそう言って困ったように笑った。 そんなことは私にだってわかっている。私が言いたいのはそこじゃない。 「エド、深月が言いたいのは、ジョン=シュチュワートが、どうしてこの国では珍しくもない金髪に、あれだけ強い執着を持っていたかってことだ。そうだろ?深月」 アイザックの言葉に私は頷いてみせる。 「例えば、私のような日系のアメリカ人のほうが珍しいでしょ?アイザックのような黒い髪も珍しいわよね?ジョン=シュチュワートだって、どちらかと言えばブロンドに近い髪だったわ。珍しいものに憧れを抱くわけでもなく、自分と近い髪色を選ぶでもなく、何故金髪だったのかしらね」 別にそれが本当に問題なのかと言われれば、そういうわけではない。 ただ私が気になっただけなのだ。 「俺は、金髪って見慣れちゃってるからなあ。憧れるなら、深月やアイザックみたいに黒色とか、濃い色に憧れるよ。自分にないからそう思うのかもしれないけど、綺麗だよね」 エドはそう言って、自分の髪を少しだけ指でつまんで持ち上げる。 エドはうらやましいほどに、癖のない綺麗な髪で、見事なブロンドだ。 「そう言ってもらえると嬉しいわね。私もエドの髪好きよ」 私がそう言うと、エドは嬉しそうににこりと笑った。 「まあ、あれじゃねーの?ないものねだりってか、男の憧れは金髪美人か、黒髪美人ってな感じで、そういうのは憧れの対象ってことだろ。他人の趣味をとやかく言うつもりはねーが、ジョン=シュチュワートは、金髪で長い髪の女が好きだったんだろ?被害者もそんな感じのやつが多いわけだしな」 アイザックはそう言ってニヤリと笑い煙草に火をつけた。 「男って・・・見た目に弱いわよね」 「それは言うな、男は目でも感じる生き物だ」 「絶対それあんただけよ」 「そんなことねーよな?エド?」 「え?どうだろうね。まあ、目で見て興奮する場合もあるんだろうね」 まったく阿呆な会話だ。 一月も終わりそうな寒い日。 二つの事件は一応の解決を迎えたが、まだ一つが残っている。 これにいたっては、ずっと捜査官が入れ替わりでパトリシア=アンダーソンを監視している状態だったが、未だに事件は続いていた。 厳重な監視ではない、だがそう簡単に捜査官の目を盗んで犯行を重ねるのは難しいと言えるだろう。彼女は監視がついてから、おかしな行動をとったと言う報告は受けていない。 逆に言えば、おかしな行動を見せないと言うことは、答えなど2つしかないだろう。 一つは、本当に彼女が犯人ではない場合。この場合ならば、いくら私たちが監視していようと、無意味だ。そして、もう一つの場合は・・・これは、あまり考えたくないが、パトリシアが私たちの動きを把握している場合だ。 もし後者ならば、それは大問題になる。 何故なら、私たちの行動を把握するという事は、警察内部の情報を得ていると言う事になるからだ。そうなれば彼女がどうやってその情報を入手しているかが問題だ。 方法はそれほど多くはない。と言うよりも、多分一つしかないだろう。 ただその方法は一番可能性が高いと言うだけで、その事実も証拠もない。 私が立てた仮説の一つに過ぎないし、そんなことはありえない。 私がそう思いたいだけなのかもしれないが。 何故その方法が一つしかないのかと言うと、まず捜査中の事件についての扱いだ。まず、捜査状況をまとめ、それを書面に直し、報告書として署長に渡すことになっている。その後、戻された報告書は、いったんその事件ファイルとして書面のまま私のデスクに置かれる。後は事件が解決するまで、書類がたまっていくのだが、解決しないかぎりメディア情報にはしないのが通例だ。つまり、現段階で捜査中の事件が、ハッカーなどに知られる恐れを最小限に抑えている。あいつらは情報を売り買いすることも多いのだ。 つまり、警察内部の情報は内部の人間にしか分からないはずなのだ。 事実上はそういうことになっているが、実際には警察内部に情報をリークするものがいないわけでもない。それを捕まえるのも、とんでもなく面倒ではある。 情報は大きな金を生みだす。それに目の眩むものだって少なくはない。 今回の事件についても同様だ。 書面による報告書や何かは私のデスクの一角を占領しているが、これを、例えばパソコンに情報を入れるとしても、事件が解決しないかぎり、まずありえない。 未解決扱いになるか解決しないかぎり、私のデスクや担当の捜査官以外のところに書類が移動することもありえない。 アメリカと言う国は、殺人事件に時効は存在しない。未解決で凍結されてしまえば、この事件はそのまま、私の手を離れ未解決事件専門に扱う部署に移動してしまう。 現段階では、進行中の事件が凍結されるケースは少ないが、あまりにも進展がない場合、そういう可能性もあるということだ。 そうならないために、情報の扱いには十二分に注意をしているつもりなのだが……。 一つの事件に係わる捜査官は一人や二人ではない、担当刑事は確かに一人だが、担当者がすべて一人で出来る捜査などないのだ。どうしたって、捜査員の数は多くなる。 まして、捜査官一人一人がたった一つの事件を追いかけるわけではない。 そんなに人員を割けるほど、捜査官は多くないのだ。 優先順位を決められる事件など存在しない。 そう考えれば、内通者を探すのだって楽なことではないのだ。 まあ、仲間内にそんなやつがいるとは考えたくないが、パトリシアが捜査官の目を盗み、犯罪を重ね続けるには、内部情報がなくてはまず無理だろう。 それならば、まだ彼女が犯人ではないと言うほうが、私の精神的疲労は少ないと言える。どちらの可能性も考慮して行動すべきだろう。 ところで、ここで事件を整理したいと思う。 まずホテル事件について、被害者は全て十代後半から二十代前半の男性。解剖結果からは大量のアルコールが検出されている。泥酔しているところを、何か大きな鋭い凶器で首を切られ、失血死している。アルコールも手伝い、血の吹き出し方も大量だったろうと予想される。そのため、室内が血の海と表現できるほどに、血だらけだったのだろう。 遺体について、他に目立つ外傷は、必ず体の一部が切り取られていること。現場やその周辺で、切り取られた一部が発見できないことから、犯人が持ち帰っていると言う事が推測される。 殺害現場はホテルの一室。異常なまでに綺麗に室内はふき取られていて、指紋や毛髪、その他、証拠になりそうなものは一切発見されていない。現場になったホテルの従業員の話では、犯人と思しき人物の容姿について、百六十センチない身長の、小柄ない人物。フードの着いた上着を着て、フードを目深く被り、つばの大きな帽子を被っていたらしい。顔は確認できていないが、女性だったという証言を得ている。 ただし、犯人と思われるその人物は、現場から煙のように姿を消していて、逃走経路についてはまだわかっていない。 次に重要参考人であり、今のところの第一容疑者、パトリシア=アンダーソンについて。 今までのホテル事件の被害者たち全てと面識があり、最後に被害者たちと接触した人物と思われる。小柄で身長は百六十センチないくらい。 ホテル事件の証言に出てきた人物に一番近いのが彼女だ。 まだ犯人と断定できないが、彼女だけが容疑者として上がったことは、少なくとも彼女に何かあると考えてもおかしくはないだろう。 まあ、こんなものだろうか。 近いうちに、また彼女に話を聞きに行かなくてはいけないだろう。 つづく |