absolute dread(アブソルート ドレッド)〜15〜



 眠ってしまった後。

 自分が夢の中で、「ああ、これは夢なんだ」とわかる瞬間。そういうものを感じたことはないだろうか?

 それは、夢をみている感覚と、意識が朦朧としている状態で、自分が寝ているのか起きているのか非常に曖昧な状態といえる。

 夢と現実の狭間を意識が漂う感覚。

 私は、このとき確かに自分が夢を見ているという感覚があった。


 私の子供の時の記憶。思い出とも言うが。

 懐かしい風景。思い出深い赤い屋根の家。それが次の瞬間には、無声映画のように何かの映像が、早送りでもしているように流れていった。そして、それはある場面でとまる。

 私は誰かの日記を読んでいて、見慣れた部署室の中で、1人だった。

〔あの人〕について、夢の中の私は誰だか検討を付けているようだったが、次の瞬間には、パトリシアの部屋にいて、私の仲間達が仕事をしている中、夢の中の私は灰皿を見つめていた。

 そして、また映像は流れて、サンドラ川近くにある公園に、私が1人で立っている姿が映る。その公園は、アルバートに呼ばれたときの公園で、夢の中では、アルバートたちも遺体もなく、朝方の静かな公園が広がり、夢の中の私は、現実には死体があった場所を見つめていた。

 夢の中には、ただの芝生だけが広がるばかりで、風の音すら聞こえない。

 次の瞬間には、あたりに何もなくなって、ただ暗闇だけが広がり、話し声だけがどこからか響く。

 アイザックやエドの声。

 私の声。

 王の声。

 パトリシアや署長、アルバートの声。

 母やおばあちゃんの声……。

 何かわけの分からない会話が広がり、耳に五月蝿い。その中で、アイザックやエドと話した事件の事だけがやけにはっきりと聞こえた。

 あまりの五月蝿さに、私は両耳を塞ぎ、闇の底に落ちていく。

 三件の事件が、ダイジェストの映像でも見るようにいっきに流れていき、そして、最後に。 少年が私を呼ぶ声に、私の意識は現実へと引き戻される。



 私が眠りについて、一体どれほどの時間が経ったのかは分からないが、私は夢を見た。それは悪夢と呼ぶには悲しいもので、ただの夢にしては、あまりにも恐ろしい。

 そして、私はベッドから飛び起きて、頬を伝う冷や汗を手の甲で拭っていた。 夢を見たのは覚えている。

 ただ、どんな夢だったかはもう覚えていなかったし、【まだ終わらない】という感覚だけが、私を焦らせるだけだった。



 そう、私は根本から考え方が間違っていた。

 ホテル事件の犯人であったパトリシア、その彼女のそばに居た誰か。間違いなく警察内部の人間が、ホテル事件に関与している。

 それだけじゃない。

 そもそも、ホテル事件を一つの事件として考えるから、私は見えない何かにイラついて焦るのだ。そう、この事件は独立していない。

 私は、どうやらこのパズルを解く最後のピースを見つけてしまったらしい。


 私はベッドから起き出して、すぐに着替えると、家を後にした。自分の車に乗り、警察署を目指す。

 駐車場に車を止めると、自分の部署へと歩みを進めた。署内には誰も残っては居ない。緊急の連絡があるまで、私達は家でのんびりと眠りを貪る時間だ。

 一階の総合受付には、それなりにまだ署員が残っている。緊急連絡の受付は別のところにあるが、警察署内に人が居なくなる事などまずありえない。

 時間は夜中の三時を回り、さっきまで止んでいた雪が、また降り出したようだった。今年は雪が多い気がする。

 部署室に辿り着き、電気のスイッチを入れると、静まり返った暗い部屋を明かりが照らし出した。数時間前に私が帰ったときとなんの代わり映えもしない室内。

 私は自分のデスクの前に立ち、コートを脱いで隣のエドガーのデスクの上に投げておいた。私のデスクには、三件の連続殺人事件の報告書や資料など、まだまとめられずに置いてある。メディアにまとめる時間が無かったためだ。

 私は椅子に腰を下ろすと、山のように重なる紙の束の一番上を手にとって広げた。

 まずおかしいのは、パトリシアの事件だ。

 彼女の言動には矛盾ばかりだった。私を殺したいといったはずなのに、彼女は自殺をしたのだ。

 そもそも、あれが本当に自殺だったのかが疑問だ。確かに私の目の前で、彼女は迷い無く引き金を引いたのだが。女性は殆どの場合、自殺するときに顔を傷つける死に方は選ばない。顔は傷つけたくないと思うものだからだ。だから、女性は銃での自殺はあまり選ばないとされている。

 そして、彼女の笑顔は死を目前にしたもののそれとは、全く異なるものだった。

 同じ自殺でも、王のときとは明らかに違う。少なからず、王のときは、彼自身の諦めの様なものが見て取れたのだ。

 だが、パトリシアは私に憎悪や殺意を抱いていて、逆に言えば、私に銃口を向けるのが正しい選択であって、自分にそれを向けることは、彼女の意思では無いように思う。

 いや、間違いなく彼女の意思ではないだろう。

 そこから考えられるのは、はじめから、パトリシアに死ぬ意思はなかったということだ。では何故、彼女が引き金を引いたのか……そこが問題だ。

 前にアイザックが言っていたように、マインドコントロール・催眠術の類でも、自殺を促すことは非常に難しいとされている。だが、パトリシアは現に死んだ。

 だが……もしも、あれが自殺を促すためではなく、他の何かがあったとしたら、彼女は引き金を引いたのかもしれない。

 つまり、彼女の中では、死は予想されていないことだった。

 私は次の資料を手に取りページをめくる。

 そもそもの始まりは、最初に発見された少女の遺体だ。順番としては、逆だったが。

 一番初めに起きた事件は、コレクター事件だが、最初に遺体が発見されたのがバラバラ事件のほうだった。

 私は、バラバラ事件もコレクター事件もホテル事件も、全て繋がっていると思っている。根拠は無い。

 全く共通項が無い三つの事件。そう見えるが、私には、どうしてもそうは思えない。よく考えれば、共通点はいくつもある。

 私は全ての資料に目を通し、その共通項をしっかりと確認した。間違いでなければ、その共通点が指すものは………………。

 ここで最初の事件から順に、まとめていこうと思う。

 最初の犯人、これはコレクター連続殺人事件と名づけられた。最初に発生しただろう連続殺人事件だ。犯人はアイスブルーの瞳に執着し、その瞳を持つ人物を見つけると、シアン化合物による毒殺 後、その遺体から両目をくり貫き持ち帰る。現場には、必ず被害者の顔写真が分かるものを残していた。

 これが最初の事件だ。三件の事件の順番も多いに関係がある。

 コレクター事件の犯人、王 利伯は、対人恐怖症で、精神科にも通っていた。だが治療の効果は薄く、両親からも見放された。人に対しての恨みや恐怖により絶望し、自殺を考えたほどの人物だったが、ある人物に出会ったことで、彼の人生は全く逆のほうに向かった。

 今思えば、捜査の目をかいくぐるその慎重さや、完璧な証拠隠滅の作業。それは、どれをとっても王の性格上では考えられないような精密さだった。

 コレクター事件の謎は、王の日記にあった【あの人】といわれる人物についてだ。

 これは、憶測に過ぎないが、【あの人】は、王の理解者であると同時に、王を操っていたのではないだろうか。だからこそ、見事に警察を出し抜くことが出来た。

 そもそも王がいう理解者というのも、【あの人】がそう思わせていただけではないだろうか。【あの人】は、王を使って何かをやりたかった。だから王に近付き、自分の思い通りに操り、そして死ぬように仕向けた。

 王は【あの人】を神聖視していたほどだ。生かすのも殺すのも思いのままだったろう。むしろ、【あの人】がどこまで計算して事を進めたのか、そのことに私は本当に恐ろしいと感じる。

 ここで重要なポイントがいくつかある。

 まずは王が執着していた目についてだ。これは、アイスブルーと言われる珍しい色なのだが、私の瞳もその色をしている。そして、王の生まれだか、これも私と同じ出身地だった。このことから分かるのは、明らかに私という存在を意識していることだ。

 勿論、私と王との面識は無い。だが、偶然で片付けるには、あまりにも接点がありすぎる。

 そして、王の残した最後の台詞が、私の考えに信憑性を深めている。

 始めて見たはずの私を、警察官だと分かったことも、私の瞳を見てやっぱりといった言葉も、少なくとも王が一方的に私を知っていたように思える。つまり、【あの人】が、私の事を知っているという可能性だ。

 それでも、王が私と同じ出身地で、尚且つ私が警察官という仕事をしていることからも、私を知る機会がなかったと言う事ではないが、私は偶然と言うものはあまり信じていない。そこにいたるための行動があってこそ、結果が出るものだ。

 次に、バラバラ連続殺人事件と名づけられた事件。遺体の発見はこちらが先だが、コレクター事件の次に起きた事件だ。犯人は若い女性、或いは少女を殺害し、体をバラバラに切り分け、分けた人体のパーツを縫い付けて、一人の人物を作り上げた。

 被害者たちはみんな美しい金髪で、物静かな女性だ。

 犯人のジョン=シュチュワートは、金髪に異常なほど執着していた。暴力的で自己中心的なジョンは、過去に暴行や猥褻で何度か逮捕歴のある人物だった。

 もともとジョンは、自己中心的な性格で、粗野で乱暴な面を持っている人物だ。

 両親とも健在な上に、傍から見れば一般的な家庭環境にあったはずだが。ジョンの性格や彼の両親から見て、異常に甘やかされて育てられたのは目に見えていた。耐えることが出来ない性格で、何度も両親に暴行を繰り返していたし、思いどおりにならないと、何人もの女性にわいせつ行為や暴行を繰り返していた。性格はきわめて凶暴。犯行も挑発的で、警察を馬鹿にするように何度も同じところで犯行を繰り返していた。

 だが、おかしいのはそこだ。

 挑発的であるのは分かる。だからこそ、彼の性格上 現場に証拠を残さないように、隠蔽できるのか疑問だ。同じところで犯行を繰り返すという危険を冒して、尚且つ公衆の目にさらされやすい場所に死体を捨てると言う軽率な行動。

 そこから見ても、ジョンが完璧な証拠隠滅を行えるような人物ではないと私は思うのだ。

 そして、疑問はまだある。私たちの管轄地域だけに場所を限定して、犯行を繰り返していた理由だ。

 前にも述べたが、連続殺人は、犯行現場や犯行地域を拡大する事で、捜査を撹乱し犯人を捕まえることが難しくなるものだ。そう考えれば、ジョンが何故この地域に限定して犯行を繰り返すのか、そこに大きな疑問を感じるのだ。

 つまり、ここでも第三者が係わっているという事を指している。前にも考えたとおり、ジョンの目的は二つ。ひとつは死体の回収。もう一つは、この事件に係わる、第三者の存在。その第三者は、多分警察官だ。だからこそ、ジョンはこの管轄内に執着したのだ。

 その第三者との何かが、ジョンをここに繋ぎとめていた。

 そして、最後のホテル事件だ。

 これは最初に思ったとおり、第三者の影が見え隠れする。

 パトリシアの部屋で見つかった灰皿。警察内部の情報を得ていた情報源。これは間違いなく警察内部に、彼女を助けていた誰かが居ると言う事。

 男性への恐怖心や敵対心。私への強い憎悪や嫉妬。その第三者は、彼女のそれを利用して、パトリシアを自殺に見せかけて殺したのも同然だ。私はそう思う。

 この三つの事件の共通は、第三者の存在だ。この三つの事件には、誰かが係わっている。私を知る人物で、警察官。

 この条件に当てはまる人物なんて、それこそこの署内だけじゃない、私が今まで居た他の警察署にだってたくさん居る。

 だが、私の行動やアイザックやエドガーの言動、犯人たちの執着心が見せたもの。その全ての条件を満たせる人物。それこそが………………。

この三件の連続殺人を引き起こした首謀者ではないのだろうか。



 私は資料から顔を上げて、窓へと視線を移した。

 外は薄暗く、雪が随分と激しく降っているように思う。外は寒いだろう。既に日は昇り始めているのに、空を覆う重たい雲に、光はさえぎられている様だった。

 室内には暖房がかかっているはずなのに、何故か外の寒さを感じるように、私の体は少し震えた。でも、それが寒さのせいなのか、私にはわからなかった。

 あと数時間もすれば、この部屋はいつものように、仲間たちの忙しい毎日が始まるはずだ。

 みんなはまだ寝ているだろう。

 そして、私は不意に思う。彼も気がついたのではないだろうか。

 私は、席を立ち携帯電話を取り出して、電話をかけた。













つづく

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