absolute dread(アブソルート ドレッド)〜17〜 |
毎日、何かしら事件に追われる。 それは、これからも変わらないだろう。 相変わらず、アイザックは惜しい男だし、署内には元気な女の子たちの声が響いている。 季節はすでに、初夏を迎えていた。 ただ、ここには一人だけ居ない。 あのあと、エドガーは精神分析の結果、今は精神病院に収監されている。 近しい間柄だった私やアイザックには、エドガーの一切の情報が遮断された。 何故、エドガーが精神分析を受けたのか、そして、なぜ精神病院に入ることになったのか、その全てが謎のままだ。 最後に、私とエドガーが話した会話の内容は、私とアイザックだけが知っている。 むしろ、他の誰に話したところで、信じる人間はいないだろう。 それほどまでに、エドガーは完璧に“彼”を演じていた。 ただ、私は思うのだ。 完璧なまでに自分を作り上げるその周到さ、人を駒のように扱う冷血な感情、何十と先読みをし、何十もの道を用意し、どの状況でも対応できるその頭脳、そのどれをとっても、彼が精神病院に入るほど、間抜けにも思えない。 つまり彼は、わざとそう仕向けたという事だ。 そう仕向けたと分かったところで、その目的は私たちに見えない。 本当に、彼をあのままにしておいていいのだろうか。 私は、その不安が拭えずに居る。 エドガーが病院に収監されて、一ヶ月もしないうちに、私は一度だけ会いに行ったことがある。長かった髪も短くなり、随分さっぱりしてしまった。 本人は、邪魔だったからと言っていたが。 そのときは、たいした事は話していない。 食事をきちんと取っているかとか、きちんと睡眠をとっているかとか、髪を切った話や、アイザックは元気なのかとか、変わったことはないかとか……そういう話だ。 その後、私はエドガーに会いにはいっていない。 アイザックは、未だに行けないでいるらしい。ショックというよりも、いまでもエドガーの事を嫌いになれないからということらしい。 私も、エドガーを嫌いになれるなら、なりたいくらいだ。 私やアイザック、それにこの署内にいるエドガーを知る人間なら、誰もがエドガーを嫌いになどなれないだろう。 彼がそう作り上げたのだから。 それが、何よりも悔しいのだ。 エドガーが嘘だといえば、私さえも信じてしまいそうで、それが恐ろしいとさえ思う。 色々な私の疑問に答えてくれたのは、エドガーではなくアイザックだった。 「例えばだが、確かにエドが三件の連続殺人に関与していた疑いがあったとしても、証拠がない以上はエドを引っ張るのは無理だろ? けど、情報漏洩がエドの責任であることは追及できる。そこで問題なのがお前だ。深月。少なくとも事件は解決しているし、その際のエドの怪我は事実だ。どうがんばっても、エドを自主退職に持っていくのは、まず上が許さないだろうな。エドは上に気に入られているわけだしな。そうなりゃ間違いなく移動だ。だが……、そうなったら、お前は警察って仕事を続けられるのか?」 アイザックにそう言われて、私は首を横に振るしかなかった。 すると、アイザックも「やっぱり」と言いたそうな顔で、仕方なさそうに息を吐き出してみせ、話を続けた。 「言ってみりゃ、エドが自分で上に掛け合い精神科に入ることで、警察と言う仕事を止めて、尚且つ直接の上司であるお前に、責任が行かないようにしたことになる。 精神を病んでる状態なら、情報漏洩の事も、ある意味では仕方ないで済ませられるからな。 そういう意味では、エドが俺やお前を特別視していたって言うのも、あながち嘘じゃないんだろよ」 アイザックはそう言って、悔しそうに煙草に火をつけた。 確かに、アイザックを助けた時も、そして今回も、全ての責任をエドガーが受けている。 そのおかげで、私もアイザックも今ここに居るのだ……。 多分、アイザックが悔しいのは、私と同じ理由かもしれない。 もっと早く気が付いていれば、エドガーを止めることができたなら、この結末は変わっていたのかもしれない。 ある日の晴れた、夏空が眩しい午後の事だった いつものように、職場は忙しい空気が流れていた。 私も、変わることなく仕事に追われている。 珍しい事もあるもので、アイザックの遅刻が少し減り、無断欠勤も殆どなくなってきて、私はそれに上機嫌だった。とは言っても、無断欠勤は少なくなっただけで、休むと言う連絡は結構あったりするのだが、連絡をよこすだけましだと思うことにした。 エドガーが居なくなったことで、アイザックも思うところがあるのだろうと思う。 そんなある日の事だ。 それは突然の連絡だった。 朝からアイザックは変死した遺体の捜査に行っていた。 早朝に通報があり、私よりもアイザックのほうが現場に近かったため、アイザックに行ってもらったのだが、アイザックからの電話に、私はただ驚くばかりだった。 『エドが消えた』 と言う、アイザックの低い落ち込んだ声に、私は言葉も出なかった。 アイザックの向かった現場は、エドが入っていた精神病院から五キロという距離だった。 発見されたのは、病院の救急車両で、車の中に二体の遺体を発見したらしい。 一体は女性で、服装から看護婦だと思われ、もう一体は男性で、医師か看護師と思われる。 車内の状況から推測すると、もう一人居た形跡があったようだが、その人物については現在も行方がわかっていない。 二体の遺体の状態から、男性が女性を殺害し、その後男性は自殺したようだ。 その遺体の身元を調べた結果、エドが入っていた精神病院へと繋がった。 二人は、そこに勤めていた看護婦と医師だった。 そして、その病院にエドガーの姿だけが忽然と消えてしまっていた。 まるで、はじめからそこに存在していなかったかのように。 エドガーの行方も、未だ不明のまま。 ただ、医師と看護婦の遺体が発見された事と、エドガーが病院から姿を消した事。 その二つが無関係であるはずがない。 それでも、今の私には、それしかわからなかった。 根拠もなく、証明も出来ない、私の勘でしかないもの。 それでも、アイザックだけが私の考えに頷いてくれていた。 それだけでも、私は満足だと言えた。 つづく |