季節は十二月になっていた。
まるで順番を待っていたように起きた三件の連続殺人事件は、未だ解決の兆しを見せ
ていなかった。
最初に起きた若い女性だけを狙った殺人は、連続バラバラ殺人と名づけられたが、未
だに〔タキ〕についての手がかりは無く、身元不明のバラバラにされた遺体の一部が
安置所に保管されている。
体のパーツがそろわない遺体もまだ数十体も残っていて、発見を急いでいるが・・・
頭部が無いものにいたっては探すのも困難だった。
ここでバラバラ殺人に使われていた防腐剤とその処理について少しふれておこう。
本来、防腐剤と言うものは、木材や壁などに使われるものがほとんどといっていいだ
ろう。パソコンで検索すると分かりやすいが、〔防腐剤〕で検索をかけた場合、木材
の防腐などの項目が出てくる。
防腐剤のほとんどが毒に分類される類の劇薬が多く、また加工・処理などは簡単では
ないと言っておく。
ここで私が言う防腐剤は、生物に使われるものだ。
使われていたのはホルマリン。多分誰でも知っている防腐剤だと思う。
生物の標本を作るときに最も多く使われる防腐剤で、本来ホルマリンは標本を作るた
めの固定剤の役目をしている。
ちなみに固定とは、標本にする生物などの組織の腐食などを抑えることなどをさす。
標本もさまざまなものがあるが、ホルマリンにつけて固定させることに変わりはなく、
言い換えるなら、ホルマリンに代わる防腐剤はいまだに発見されていないと聞いてい
る。
実際、ホルマリンと言うのは、ホルムアルデヒドの水溶液のことをさしている。
また、ホルムアルデヒド(原液・比較的原液に近いもの)は医薬用外劇物に指定されて
いる。きちんとした設備のあるところでなくては使えないものだ。
市販されているものは、三十五〜三十八%のホルムアルデヒド水溶液で安定化剤(にご
り防止)として十%以下程度のメタノールが加えられている。
一般にはこれを五〜十倍程度に希釈して用いる。
市販されているだけあって、誰にでも手に入るものだろう。
これがホルマリンだ。
そしてもう一つ。遺体の加工についても少しふれておく。
発見当初、まるでマネキンのようだと表現したそれだ。
遺体の切り取られていた一部がマネキンのように見えたそれは、合成樹脂によるもので、
詳しく言うならプラスチック封入という方法だ。
これは標本制作の方法の一つで、昆虫などの生物をホルマリンで固定し、プラスチック
合成樹脂で固体を閉じ込めるというものだ。この方法は十二歳くらいの子供でも作るこ
とが可能で、この方法にはいくつもの利点がある。標本に直接触れることができたり、
固体を閉じ込めているため個体の破損を防げたり、臭いもなく上下左右どこからでも標
本を眺めることが出来るものなのだ。
もっと分かりやすく言うと、琥珀というのは誰でも知っているだろう。
琥珀というのは一種の化石なのだが、琥珀の中に昆虫などが閉じ込められているのを見
た事はないだろうか。形としてはそれと同じような物だろう。
プラスチック封入標本の場合は、琥珀と違って無色透明ではあるが。
その方法で死体が処理されていたのだ。
固めた樹脂の余分な部分を切り取り、削って個体の形により近づけてあった。
そのためマネキンのように見えたのだ。
最初に発見されたケイトの遺体につけられていたパーツには加工は施されていなかった
が、サンドラ川で発見したものについてのみこの加工が施されていた。
話を戻すが、バラバラ死体の全ての身元を割り出すのにかなり時間はかかるだろう。
死体を捨てている場所もひとつではないようで聴きこみもなんの効果も無く、この事件
については進展がほとんど無いと言えた。
次に起きた両目をくり貫かれた殺人は、コレクター殺人と名づけられた。
今の時点で被害者は三人になっている。シアン化系の毒で殺されて両目をくり貫かれて
いたこと以外は被害者に共通点はなく、必ず被害者の身元がわかるものが一つだけ残さ
れていることも謎の一つだが、これについては犯人の思惑は予想が付いた。被害者の身
元がわかる物のほとんどが、運転免許証やパスポートだったのだ。
つまり犯人は、被害者の写真が付いているものを現場に残している。
これだけ言えば普通分かるだろうが、分からないのはエドガーくらいだ。
被害者の共通は毒殺、そして両目が無いこと、もちろん写真には無いはずの両目がはっ
きり写っている。(ここまで言って、やっとエドも理解してくれた)
犯人は、身元のわかるものではなく、被害者の目の色を教えているのだろう。
被害者から犯人が割れないという自信も見て取れる。
ここで気になるのは、被害者の目の色。
アイスブルーといわれる、薄い水色に近いブルーの色だ。
一見薄いグレーにも見えるが、明るく冷たい色をしているのが特徴なのだ。だがなぜ私
が気にしているのかと言うと、その色自体が少ないということ以外にもうひとつある。
察しのいい者ならすぐに分かるかもしれないが、私の瞳の色もアイスブルーなのだ。
希少性でいうならもちろん有り得ないこともないが、これが偶然なのかと考えると、言
い切れない部分もあるかもしれない・・・と思ってしまう。
そして三つ目の事件、これは最初のとは逆に被害者は若い男性だけだった。
現時点で被害者はもう四人になっていた。ホテル連続殺人と名づけられたが、一ヶ月あ
まりの間に四人だ。それでいて、容疑者と思しき人物については、若い女性だという以
外分かっていないが、被害者たちが大学生だったことが分かったため、犯人も近場にい
ると考えるのが自然だろう。
同じ大学生である可能性はかなり高い。
男性だけを狙っていることから、男性に対して強い恨みがあるということも考えられる。
また、被害者の体の一部が持ち去られていることについて、一人目が胸部、次が頬そし
て腕・太股と・・・肉付きの良い部分を持ち去っていることから、これはエドガーが言
い出したことだが、持ち帰った部分を食べているのではないか。
確かに考えたくは無いが、その可能性は十分に考えられる。
そのことについては、私もアイザックも同意見だ。
だが、どれほどの恨みがあって〔食べる〕という行為に発展するというのか。
もしかすれば、犯人は狂っているのではないだろうか。
そう考えたくもなる。
だが、現場の状況を見れば、そうでないことは明らかだった。
犯人に繋がる証拠は一切発見されていないし、それこそ部屋中の指紋が綺麗に拭き取ら
れているくらいだ。頭のおかしい人間に出来ることではない。
それにまだ、〔食べる〕と決まったわけでもない。可能性で言えば高い確率だというこ
とだけだ。そうでないことを祈っておこう。
そこまで考えて私は溜め息でもつきたい気分だった。
問題は山のようにあるのに、それを解くために必要なモノが足りなさ過ぎるのだ。
私は自分のデスクの椅子に座り、エドガーとアイザックの中間報告書を眺めていた。
私が署長に渡した物と中身はたいして変わりはしない。
二人からの報告書を読み終わり、報告書を署長に渡しに行こうかと考えていると、不意
に私の肩に誰かの手が置かれ、私はその人物へと顔を向けた。
そこには、アイザックとエドガーが並んで立ち、それぞれ自分のデスクの椅子に腰を下
ろして、二人は私のほうを向くと、はじめにアイザックが口を開いた。
「もしかして、まだ眼のことを気にしてんのかよ」
アイザックは苦笑い気味に言うと、口に咥えていた煙草の灰を灰皿に落とす。眼の事と
言えばコレクター殺人の眼の色の事だ。確かに気にならないと言ったら嘘だが、今はそ
れのことは擱いておきたい。
「それについては、今はいいの。・・・それよりも何か進展は?」
今のところ、事件について何でもいいから情報が欲しい。
これ以上の被害者を出したくはない。
「俺のほうは新しい情報って出てきていないね。ホテル事件の容疑者についての手がか
りも出でないし、被害者の通っていた大学のほうにも行ってはみたけど、なかなかいい
情報は聞けないし、困っちゃったよねぇ」
エドガーはそう言うと、カックリと肩を落としてみせる。
バラバラ殺人とコレクター殺人のほうに多くの人員が借り出されているため、ホテル殺
人のほうまで手が回っていないのが実情だ。エドガーには少し苦労させてしまっている
ところだ。
しかも、エドガーは私やアイザックのサポートまでさせているので、一番の労働者とも
言えるだろう。
本人曰く、自分が中心で動くより、サポートに回ったほうが動きやすいらしい。
「俺のほうも似た様なもんだな。使われた毒について出所を調べてるが、今のとこ何の
情報もない。もう少し時間はかかるな」
アイザックのほうも進展はないらしい。
私は二人を交互に見つめた。
「頭の中を一度クリアにしましょうか」
現状は把握できていると思う。
今出来る事からやるしか手はないのだ。
必ず何かがあって、見落としていない限り、犯人が見つからないという事はない。
私はそう考えている。
つづく
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