absolute dread(アブソルート ドレッド)〜7〜



署から車で数十分のところに私の住むマンションがある。

とくにいいところでもないが、住めば意外と勝手はいい。


私は家の中に入ると、いったんはベッドにもぐりこみ目を閉じる。


だが、やはり眠りは浅く、あまり眠れない。そんな日が今日も続く。

夢見が悪いわけでもなければ、疲れていないわけでもない。ただ眠れないのだ。

理由はわからない。

今までにこんなことはなかったはずだが、目を閉じてもどうしても眠れないのだ。

如いて言うなら、不安・恐怖・焦り・怒り・悲しみ、そのどれにも似た感情であり、そ
のどれにも属さない感情。

自分でもわかっていない感情なのかもしれない。

そんな日がここのところ続いている。


時間にすれば朝方の四時をまわった頃、結局あまり眠れずにいた。

そろそろ起きてしまおうかと思っていると、私の携帯電話が着信を知らせる音を発し
て、私は体を起こすと携帯電話のディスプレイ画面を確認する。

そこにはアルバートの名前が出ていた。

通話ボタンを押し携帯を耳に当てる。

「はい」

『こんな早くに起こしちまって悪いな』

聞きなれたアルバートの声が電話から聞こえた。

「起きていたから気にしないで、でもどうしたの?こんな早い時間に」

私がそう言うと、電話機の向こう側で息を吐く音が聞こえた。多分煙草の煙を吐き出
したのだろう。そしてアルバートは話し出した。

『サンドラ川の近くにある公園で、女の死体が出た。体に妙な縫いあとのあるやつ
だ。確かお前の追ってるやつだったよな?』



私はそれだけ聞くと、すぐに現場に向かうと告げて電話を切った。

サンドラ川周辺にまた遺体発見となれば、犯人はその辺に居るのではないかと思う。

それが狙いかもしてないが、あまりのも軽率すぎる行動と言えるだろう。サンドラ川
で発見された数十体の遺体、そのすぐ近くで新たな遺体の発見。これは、明らかに犯
人が私たち警察を挑発している。


まだ空は暗く、夜明けまではまだ少しかかるだろう。


アルバートたちが待つ公園に着き、現場へと早足で向かった。

そこに着くと、アルバートは私に気がついて「よう」と挨拶をする。

「こんな朝っぱらからお前も大変だな」

まるで他人ことのように、アルバートは煙草の煙を吐き出して少し眠そうにしてい
た。

「呼び出した張本人がよく言うわね」

そう言う私にアルバートは少しだけ笑ってみせる。

「そりゃそうだな」


アルバートの後に続き、遺体の確認をする。

遺体を覆っているシートを少しだけめくり、私はそれを確認した。

年齢は十代後半から二十代前半くらい。何も身に着けてはいない。体に縫い痕があ
る。これは、一連のバラバラ事件の被害者たちと一致する。まず同一犯と見て間違い
ないだろう。

「どうだ?」

アルバートの声が私のすぐ後ろで聞こえた。

私は遺体のシートをかけ直し、その場に立ち上がる。

「同一犯で間違いないでしょうね。ただ・・・こいつ、慣れてきてる」

殺し方も遺体のバラしかたも縫い付け方も。最初のころよりも綺麗になっている。
こういった連続殺人犯の多くは、逮捕が難しい。

その理由としては、殺しの手口を変えたり、行動範囲を広げたりするからだ。

私たち警察にも縄張りがあり、州をまたがって犯行を行われた場合、かなり捜査が難
航する。そのせいで逃げられたケースもないわけではない。


だが、こいつはどこか違う。

同じところで犯行を繰り返せば、それだけ自分が危険だと言う事はわかっているだろ
う。

それでも、同じところに遺体を捨てた。

これは完全に私たちを馬鹿にしている。挑発的で、後先を考えているとは思えない。

そう、この犯人は「捕まえられるものなら、捕まえてみろ」と言っているのだ。

異常なまでの自信、手口の大胆さ、だがそれだけではない。

犯人には、どうしてもここで犯行を行う理由があるのだ。その理由は分からないが、
この犯人は、今の段階ではこの州から外に出ることはない。

ここにいる理由がなくならないかぎり、犯行はこの州内で行われる。しかも、これだ
け挑戦的な犯人だ。自分のやったことをそばで見たいはずだ。

必ず近くにいる。すぐそばで、私たちの行動を見ているはずだ。

「アルバート、この辺一帯の聞き込みを強化しといて」

「了解」


犯人の目的は、ひとつではない。

それが分かっただけでも収穫だろう。






現場を後にして、私が署に行ったのは、日が完全に明けてからだった。


自分のデスクに行く前に、コーヒーでも飲もうと、私は喫煙所の自販機に向かう。あ
そこなら、時々エドガーやアイザックと会うことがあるからだ。

今日の事件の事も話しておかなくてはいけないし、エドガーのほうの事件も、今後の
捜査の事を話し合わなくてはいけない。コレクター事件が一応の解決を迎えて、アイ
ザックがエドのサポートに回れる。これで少しはエドも楽になるか。

廊下を曲がり、喫煙所の前まで来ると、私は中を覗き込んだ。

相変わらず煙草のにおいが酷いところだ。

中を見回すと、見慣れた金髪の後姿を見つけて、私は中に入りジュースの自販機か
ら、コーヒーを二本買って、その金髪に話しかけた。

「おはようエドガー」

私に名前を呼ばれて顔を上げると、私のほうに振り返るエド。

そして、私の姿を確認すると、にこりと柔らかく目を細めて見せた。

「ああ、おはよう深月。今日は早いね?」

私も笑い返すと、エドの横に腰を下ろして、コーヒーを一本エドに渡す。

エドはそれを受け取ると、読んでいた新聞をたたみ、脇に置く。

私は今朝のことを踏まえて今後の話をエドガーに伝えた。

エドガーは缶コーヒーを飲みながら、私の話に相槌を打つ。

「でも、どう思う?」

一通り話し終わって、私はエドガーに意見を求めた。


私の考えでは、犯人は近くにいて、2つの目的を持っていると考えた。その目的を知る
ことは今できないだろうが、何か犯人に繋がること、見落としは無いか、それが私には
気になっている。


犯人が何かを現場に残すことは今までにはなかった。

とは言うものの、最初の遺体を発見した時は、殺害に使われたナイフが落ちていた。

犯人のやっていることも、何もかもが、まるで統一性がない。

この事件の鍵は、2つの目的に大きな関係があるが、その目的がわからなければ、堂々
巡りになってしまう。


そもそも犯人の目的はなんだ。


それを知ることは本当にできないのだろうか。


「焦るのはよくないと思うよ、深月。目的のひとつはもうわかってるだろ?」

エドガーはそう言って、コーヒーをまた一口飲み込む。

「ええ、そうね。そうだわ。目的のひとつはわかってる」

犯人の目的のひとつは、この連続殺人にある。

遺体をバラバラにし、持ち帰っている。

最初こそ、何かを試すように、被害者たちを生かしていたようだが、最近の発見される
遺体は、みんな死後に体をばらしている。

生かすことにもう意味がないのか。

本来の目的が変わったと言うわけではないように思うが。

犯人が自分の殺した遺体から何かを持ち帰ると言うのは、行動的におかしいと言うわけ
ではない。戦利品として持ち帰る例は多い。だが、体の一部分、しかも目や臓器と言っ
た小さい部分ではなく、腕や足と言った、運ぶのも目立つだろう部分なのだ。

目立つことは避けたい筈なのに、わざわざ目立つそれを持ち帰る。或いはいらない部位
をわざわざ捨てに来る。その行動に意味があると私は考えているのだ。

「こういうのは、俺よりアイザックのほうが得意なんだけどね。そうだな、わざわざ死
体を捨てる範囲を狭めるのは、見つけて欲しいからだろ。犯人が警察を挑発しているっ
てことは、警察に恨みがあるとか、まあそういうことも考えられるし。犯人の目的のも
うひとつは、捜査を混乱させるとか、そういうことじゃないかと思うけど」

「混乱させるか・・・」

遠からず近からず・・・と言うのが、正直な意見だ。

推理などは確かにアイザックのほうが得意だろうが、エドガーの意見は私にとっても考
えの幅を広げてくれる。エドガー本人が思うより、私にとってもアイザックにとって
も、エドガーの意見は大事だ。


私は頭をぐるぐると回してみる。

突然の私の行動に、エドガーは目を丸くした。

そしてエドガーはきょとんとした顔で、私を見つめて不思議そうに口を開く。

「肩でもこってるの?」

「そういうわけじゃないのよ。私のおばあちゃんが、急いでる時こそ回せって言って
ね」

エドガーはますます分からないという顔で、首をかしげた。

「回すって、首を?」

「急いては事を仕損ずると言うことわざがあるそうよ。急いでいる時こそ冷静になるた
めに、こうしてリラックスしたほうがいいんですって、手首でも足でも場所はどこでも
いいみたいだけど。日本人はこうしているそうよ」

(急いては事を仕損ずる:あまり急ぐと却(かえ)って失敗に終わって、急いだことが
何にもならない。と言う意味です。ちなみに、急がば回れ:危険な近道をするよりも、
遠回りでも安全確実な道を歩いた方が結局は目的地に早く着ける。遠回りに思えても安
全な手段を取った方が得策であるということ。の2つをもじっています)


「・・・日本人って・・・不思議だね」


それは私も時々思う。



日本って、不思議な国だ。













つづく

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