absolute dread(アブソルート ドレッド)〜8〜



 数日後、私は検視報告書を見ながら、事件の事を考えていた。

被害者の共通点は、若い女性で、髪が長くブロンドだ。それ以外に共通することは、大
人しい性格だったということ。殺害方法は、鋭利な刃物による刺殺。失血死がほとんど
だ。

被害者同士の面識はない。

サンドラ川周辺に遺体を捨てていることから、犯人はその周辺に住んでいる可能性は高
い。なぜなら、犯人は挑発的であり、殺すこと以外にも満足感を得ようとするからだ。

絶対に捕まらない自信があるのだ。

だが、警察に怨みを持つというのは、少し違うように思う。

恨みの場合。その矛先は、警察関係者に向けられる可能性が高いはずだが、そういった
傾向はみられない。
警察に何らかの恨みを持っていると考えることは間違いではないと思うが、警察に復讐
をしたいということではないだろう。
確かに警察への強い何かは感じるが、恨みと言うより、怒りや失望のほうが近い気がす
る。


ついに行き詰ったか。


この事件は最初から行き詰ってばかりだが、これほど証拠が出ないのも私をイラつかせ
ているし、犯人が近くにいるのに何もつかめないことになお苛立つ。


最近は事件以外でも私を悩ませている問題があった。


それは、アイザックの遅刻だ。

勿論、それだけが理由ではないが。

彼は決して捜査を蔑ろにすることはないが、連日の遅刻に、独断・単独行動を好む彼の
性質は、長年彼と面識のある私たちにとって、扱いにくいことに変わりはないものの、
とくにそれを嫌だと思うことはない。

だが、上司受けはよくないうえに、新人たちにはあまりいい影響があるとは思えない。


いや、上からの目はかなり厳しいと言える。


もちろん、アイザックの頭脳や経験を高く評価はしているのだが、如何せん警察という
機関も組織なのだ。組織とは、輪を乱すことを極端に嫌う。

上司から見れば、アイザックはまさに異端児と言えるのだろう。

アイザック本人にその意思があろうとなかろうと、組織の決まりを守れないものは、そ
れなりに扱いは厳しくなってしまうのも事実だ。

それでも、アイザックはそれなりに優秀な捜査官で、私という盾もエドガーと言う署長
のお気に入りもそばに居る。そのおかげで大事にはなっていないが・・・。

それだって、いつまでもそのままというわけには行かないだろう。

大事になる前に、何とか改善してもらいたいのだが、どういうわけか、アイザックは自
分の担当した事件を一つ解決するたびに、こうして遅刻が多くなる。

それも、1ヶ月くらいで落ち着いてくるのだが。

複数の事件を担当すると、酷い時は署に顔を出さないときすらあるほどだ。

私の頭を悩ませるのは、事件だけに留めておいて欲しいものだが。

そういうわけにもいかないようだ。





 私の担当する事件が行き詰っているころ。


エドガーの担当しいているホテル連続殺人のほうに、少しの進展があった。

被害にあっていた男性は、みんな大学生であることはわかっていたが、その共通点がな
んなのかは不明のままだった。ただ、被害者が増えていくたびに、色々な共通点が見え
始めてきた。

例えば、同じ大学に通うものもいたし、被害者同士が友人だったという話も聞いた。

そして、これに共通して、被害にあった人物たちの最後の足取りを追っていくと、最終
的にはある行動を最後に、彼らは人生の最後を迎えていた。

ある行動とは、飲み会だ。

大学生ともなれば、そういう集まりもあるだろう。

ただ違うのが、学内或いはサークルやゼミなどの集まりと言うだけではなく、他の大学
生との集まり、俗に言う合コンと言うやつだ。

彼らの最後の行動は、ある大学との合コンを最後に途絶えることがわかったのだ。

ただ、どうしてこうも被害が大きくなるまで、その事実がわからなかったのかというと、
未成年の飲酒や、度を越した遊びが原因だった。

警察から学校や親に話が行けば、それにかかわった学生たちは随分とバツが悪いことだ
ろうが、自分可愛さに誰もが曖昧に言葉を濁し、しまいには、数十人と言う被害が出て
しまったのだ。そのあまりの危機感のなさや幼稚な自尊心に腹が立つ。


もっと早くわかっていれば・・・と、今さら考えても後の祭りだが、そう思わずにはい
られないほどに私は悔しい思いがした。


話を戻すが、この合コンが行われていたことがわかったのは、5人目の被害者の通う大
学での聞き込みの事だった。

エドガーの話では、被害者の友人が教えてくれたようだ。

話を聞いていくにしたがい、ある大学の名前が出てきた。その大学は医学系としては有
名な大学で、医者を目指すものならその名前を知るものも多い。

だが、このホテル殺人の犯人が医者の卵と言うのは、少々納得しにくいものがあった。

それと言うのも、検視官が言っていた「あまりにも雑すぎる」という肉体の切り取り方
だ。多少料理をした事のある人間なら、まずそんな切り方はしない。と言うのが検視官
の答えだったが、あからさまに、それがわざとだとわかる。


つまり、私が納得しにくいのは、そのあからさまなやり方だった。


それは、何故かコレクター連続殺人事件を思い起こさせるものだった。

この2つの事件に共通点などない。事件が起きたのもまったく違う地区だったし、王の
日記からもホテル事件に関係するような記述は一切ない。

それにもかかわらず、私がそう感じてしまうのは、私自身にも理由はわからないが、あ
まりにも『あからさま』だからだろうか。

用心深く慎重な行動。それなのに、あからさまに、分かるように犯人と犯行を繋げる何
かが、それこそ降って湧くような感じだ。


なんとも気持ちの悪い感覚だった。


例えるなら、まるではじめから計算され、完璧に作り上げられているシナリオの上を、
知らずにたどり歩いているような。そんなふうに感じたのだ。



K医科大学、有名な医科大で何人もの優秀な医者を世に送り出している。


被害者の学生たちが最後に合コンした相手が、この大学にいる。

そして、それが犯人の可能性は大いにある。私としては、気に入らないところだが、事
件に私の気分や機嫌などどうでもいいことだ。

とにかく、少しでも早く犯人を捕まえられるならそれでいい。

どちらにしろ、まずは聞き込みしか出来ることはない。K大に行って、まずは被害者と
最後にかかわった人物を全て割り出さなくてはならない。

ホテル事件の担当はエドガーだ。まずはアイザックと聞き込みに行ってもらおうと思っ
た。


朝に、いつものように私は署に向かい、エドガーや仲間たちと挨拶を交わし、エドガー
にK大への聞き込みの事を話そうとして、あることに気がついた。

「エド、アイザックは?」

私はそう言って、エドガーに顔を向けると、エドガーは困ったように笑顔を貼り付け、
口籠もると、言いにくそうに口を開いた。

「うん・・・。まだ来てないんだよね」

来ていないと言うのは・・・。

「また遅刻なの?!」

流石に叫ばずにはいられなかった。

アイザックには一度、本気で射的の的になってもらうしかないようだ。

あきらかに私の顔色が変わったのだろう。エドガーは少し怯えたような顔で笑っている
が、口元が微妙に引きつっている。

アイザックの事はあとでたっぷりと処置するとしてだ。

私は例によって、受付の女の子たちに、アイザックが来たら私に連絡するようにと言付
けを頼み、K大には私とエドガーで行くことにした。





署から大学までの道のりは、車で1時間ほどだった。


大学は綺麗に清掃整備され、清潔感がある。

こういう良い大学に通える学生たちが少しだけ羨ましかった。

何しろ、私の行った大学は、こことは比べものにならないほどに古びていた。

それも味があるといえばそうなのだろうが。


校内を歩きながら、私は自分の大学時代を思い出して、苦笑いが漏れた。

「どうしたの?笑ったりして」

エドガーが不思議そうに私を見下ろしていた。

「んー。私のいた大学とはえらい違いだなと思ってね」

私がそう言うと、エドガーは周りを見回して、なるほどと納得するように苦笑い
をした。

「そう言えばそうだね。あそこは何ていうか、ぼろかったからなぁ」

エドガーもそう言うと、懐かしそうに目を細める。

だが、私はそこでふと疑問に思った。

「あれ?エドはT大出じゃなかったの?」

そう。

警察関係を志望するものは、だいたいがT大に行く。

別に決まっているわけではないが、一番有名で、何よりも学生には優しい料金プラン
も用意してあるからだ。

私の場合は、T大に通うには、家からの距離がありすぎたし、大学に寮がなかったた
め、マイナーではあるがS大に通っていた。

「えー。俺もS大だったよ。家が近かったし、寮もあったからね。深月知らなかった
の?」

「ごめん。全然気付かなかったわ。じゃあ、私たち大学で会ってるかもしれないわね」

「そうだね」

エドガーはそう言ってにっこりと笑顔を私に向けた。


本当に、私は学生の時にエドガーに会っていたかもしれない。


もしかすれば、エドは気付いていたのかもしれないと思うと、なんだか当時の私にチ
ョップでもくれてやりたい気分だった。




暢気な昔話はいったんここまでにして、私たちは目的の人物を探す。

私たちが話を聞きにきた人物は、被害者の参加した飲み会に全て参加していた。


つまり、第一容疑者でもある。


現段階では、需要参考人扱いではあるが、私たちが得た犯人の情報に一番近いのもこの
人物なのだ。


名前はパトリシア=アンダーソン。

今年で大学二年目の19歳の少女だ。

彼女の友人たちから聞いたパトリシアは、大人しい性格であまり目立つような子ではな
いらしい。彼女の友人たちに彼女を呼び出してもらうと、私たちは早速、パトリシアか
ら話を聞いた。


彼女の見た目は確かに物静かな印象だった。


身長は私よりも低く、160センチあるかないか程度で、紙は短くセミロングより少し
短めで、金髪よりやや茶色がかった髪は少し癖があるのか、髪の先が軽くカールしてい
た。


顔も随分と大人しい印象を受ける。

「そのときの事を覚えている範囲でいいから話してくれないかな」

エドはそう言って、何時ものように人当たりのいい笑顔でパトリシアを見下ろした。

パトリシアは、少し困ったような顔で、口元に手を添えると、静かに話を始める。

「私・・・、飲み会には行きましたけど、お酒が飲めなくて・・・いつも先に帰ってい
たので、よく分からないです」

本当に困ったように、眉をハの字にしてパトリシアは下を向いた。



こんな少女が人を殺せるんだろうか。


そう思ってしまうほどに、彼女は弱々しく見えた。

男の力で抵抗すれば、彼女くらいの少女なら、簡単に抑え込めてしまうだろう。

もしも、これが演技だとしたら・・・彼女はそうとうの役者だ。

ただ、気になる事と言えば、彼女の友人の話だ。

私は出来るだけ優しい口調で、彼女に声をかけた。

「あのね。貴女のお友達が、被害者の1人と歩いている姿を見ているのだけど、そのこ
とについてはどうかしら?」

すると、彼女は一瞬エドのほうに顔を向けて、また下を向く。

「・・・あの」

彼女はそう声を出すと言いよどむ。

その言い難そうな感じから、もしかすれば、エドガーがいると話しにくいことでもある
んだろうかと思った。

相手は女の子だ、男と歩いていて何があったなんて聞くのは野暮かもしれない。

そう考えれば、エドガーほど格好いい男の前では話したくないと考えたのか。

見た目がいいのも良し悪しだ。

私はいったん息を吐き出すと、エドに顔を向ける。

「エドガー悪いんだけど、さっきのカフェでコーヒー買ってきてくれない?」

エドは私の顔を見つめた後、パトリシアにも顔を向けて、何かを納得するように頷いた。

「何時ものでいいのかな?君も何か飲むかい」

エドはそう言って、パトリシアの顔を覗きこむが、彼女は首を横に振った。

彼女のその顔が赤いのは気のせいではないだろう。

そして、エドはそれを確認して、私の返事を聞くと、この場を後にした。

エドが少し先に行ったのを確認して、私はパトリシアに顔を戻し、話の続きを促すよう
にもう一度質問を繰り返した。

すると、彼女はポツリと話し出す。

「多分、それって・・・ゲイシーのことだと思うんですけど。彼・・・その・・・あの
時は、私が帰るのを送ってくれるって言って、その後は家まで送ってもらって、それで
・・・うちにきて・・・2時間か3時間ぐらいうちにいて、そのまま帰りましたけど」

「彼と一緒にいて、そのときは何をしてたの?」

私がそう聞くと、彼女はさらに顔を赤くした。

ああ、聞かなくても分かりそうな展開だ。

「つ・・・付き合おうって言われて・・・それで・・・」

「ああ、うん。もういいわ。わかった」

エドガーが戻ってくるまでの間、色々と聞いたが、これといって重要な証言はなく、結
局聞き込みは無駄足だったように思う。


この後も、いろいろな学生に話を聞いてみたものの、有力な話は聞けなかった。


大学の駐車場に戻り車に乗り込むと、車を出す前に買って来てもらったコーヒーに口を
つけた。


意外にも美味しいので、本当に私のいたところとは違うなと感心してしまった。


最初の話しの印象から、パトリシア=アンダーソンが一番怪しいと睨んでいたが、実際
に彼女に会うと、その考えに自信が持てなくなった。あれほどに気の弱そうな少女が、
泥酔しているとはいえ、自分よりも大きな男を殺せるものなのだろうか。


確かに、彼女からは何か感じるものはあった。


だが、見た目も話し方にも違和感はなく、確かに少し怯えたような感じは受けたが、殺
人の聞き込みなのだと考えれば、それもおかしな態度ではない。あれが全て演技とは考
えにくい。だが、彼女をまったくの白と言い切れない自分もいるのだ。


彼女の何が私にそう思わせているのか、それは分からないが。

犯行現場は血の海と表現しても差し障りのない状況だった。にもかかわらず、現場から
は指紋も毛髪も見つかっていない。もし見つかったとしても、使われた殺害現場がラブ
ホテルだ。一体何人の人間が利用しているのかを考えただけで嫌な気分になってくる。


あの少女と、あの殺人現場がどうもうまく結びつかないのだ。



なにが・・・。



「難しい顔だね」

エドの声に、私は現実に引き戻された。


つい自分の思考に入り込んでしまっていたようだ。

「ねえエドガー。もし彼女が犯人だとしたら、エドは納得できる」

おかしな質問だと、自分でもわかっているが、聞いてみたかった。

「状況証拠と物的証拠がそうさすならね」

「捜査官らしい答えね」

「そんなんじゃないよ。今の状況から考えて、彼女しかいないからなんだと思う」

そうなのだ、エドガーの言うとおり、状況から考えても彼女しかいない。

そう思っている。

だから、私は納得できていないのだろうし、彼女が白だと言えないのだろう。


だが、物的証拠が何一つない。


科学技術の向上で、検挙率は格段に上がっているが、こうも証拠が出ないのは悔しい。



だが逆に言えば・・・いや・・・。




その可能性は、今考えるのはやめておこう。



それにしても・・・・。

「アイザックはどうしたのよ」

あれからだいぶ時間はたつが、未だに連絡がこないと言うのはどういうことだ。

まさか、まだ来ていないと言うことは・・・ないと思いたいが。

「あ・・・俺、電話してみるよ」

エドガーはそう言うと、困ったように笑い、携帯を取り出した。


私は静かにコーヒーを飲みながら、黙って前を向く。


実は、未だにアイザックからの報告書を受け取っていないのだ。

いつまでかかっているんだか分からないが、それにしてもだ。


それが遅刻や無断欠勤の理由には決してなりえないし、してたまるものかと思う。

私はエドだけじゃなく、アイザックにも甘いのだろうか。


私は少しだけ、自分にため息が漏れた。













つづく

next